熊本に行ってきた話(3)

翌朝は湯布院の街をのんびり歩いた。大きな馬が引く馬車が目の前を通り過ぎていくのが、やけに絵になる光景で記憶に残っている。

さて、ここからが本番である。

湯布院を出発し、目指すは阿蘇。

これまで通ってきた道は九州山地のクネクネとした山道ばかりだったが、阿蘇に近づくと様子が一変する。標高が高いはずなのに、まっすぐな道路がどこまでも続く。空が近く、山が高く、とにかく壮大というほかない。

噴火口近くの観光施設には思っていたより人が多く、外国人観光客の姿も目立った。もっとも、もし地震がなければこんなものではなかったはずだ。地震の影響は、こういうところにも数字には出てこない形で滲み出ている。

この日の宿は阿蘇のペンション。赤牛、黒牛、豚と、九州の恵みをこれでもかと味わった。

夕食はオーナーさんと一緒にいただいたのだが、その席で聞いた話が印象に残っている。地震の影響で予約のほとんどがキャンセルになったそうで、私たちが予定通り来たことをずいぶん感謝された。

実際、阿蘇では地震によるハード面の被害はまったく感じられなかった。壊れた建物も、通行止めの道もない。ただ、キャンセルという形でのソフト面の被害だけが、静かに、しかし確実にここまで広がっていたのである。

さて、ここで少し時間を巻き戻したい。

実はハーモニーランドでビンゴ大会に一喜一憂していたあの時、妻のスマホには帰りのフェリー欠航の知らせが届いていた。鹿児島から乗る予定だった便が、3日後の出航分から欠航になるという。理由は大型の台風接近。あの日は九州晴天、台風の気配などまったく感じられなかったのだが。

フェリーが出ない以上、車で帰るしかない。別府や門司からのフェリーという手もあったかもしれないが、そこまで頭が回らなかったし、動いていたとしても席が空いているとは限らない。

というわけで、宮崎は北の端、高千穂だけに立ち寄り、そこからUターンして陸路で大阪まで戻る、という大幅なプラン変更を強いられることになった。

高千穂では高千穂神社に参拝し、高千穂峡ではボートに乗った。渓谷を見上げながら漕ぐボートは、行程の慌ただしさを一瞬忘れさせてくれるくらいには良かった。

Uターンする道中、話題のJASM(TSMC)の熊本工場に立ち寄った。

看板を見て、あれ、TSMCじゃないのか、と一瞬戸惑う。日本ではJASMという名前で表記されているらしい。

工場勤務の求人で周辺の時給が高騰しているというニュースを見ていたので、近くのコンビニに置いてあったバイト情報誌をめくってみたが、思っていたほど飛び抜けた時給の求人は見当たらなかった。

このあたりは阿蘇よりもさらに震源地に近く、爆発したイオンモールまで車で40分という距離感である。それでもやはりハード面の被害は感じられない。近くのしまむらの店内も、工場から帰宅する車の行列も、拍子抜けするほど普段どおりの光景だった。

そこから北九州、島根と一泊ずつを挟みながらの帰阪となった。

大分の山中で見た夜空はとにかく綺麗だった。急遽予約を入れた北九州のホテルは、意外にも快適で得した気分になる。予定になかった平尾台の鍾乳洞に立ち寄り、島根では石見温泉と海洋館アクアスを挟んで、ようやく大阪へ。

さて、5泊6日を振り返って、今回の視察で一番仕事に持ち帰りたいと思ったことを書いておきたい。

それは、どうしようもないという絶望感と、それでも前を向いて生きていくということである。

ニュースだけを見ていると、熊本県はいまだに地震で大変な状況にあるという印象を受ける。しかし今回、実際に被害のあった熊本市内には足を運んでいないものの、熊本県は広い。被害があった地域は、県全体から見ればかなり限定的な範囲のはずだ。

それにもかかわらず、報道は県全域、ひいては九州全域が同じような状況であるかのような印象を与えてしまう。被害地域を支援し、危険から遠ざけるという建前はあるにせよ、実際には被害がなく、危険とも言えない周辺地域にまで、必要以上の影響が及んでいるように思う。

危険を大きく伝えるほうが数字が取れ、見る側の関心も引く。仕方のないことなのかもしれないが、被害に遭われた方には申し訳ない話であると同時に、それはそれ、これはこれ、とも思う。被害にフォーカスすればするほど、被害のなかった周辺地域への二次被害が広がっていくはずだからだ。

私たちも今回、旅行に行って良いものかどうか、正直かなり悩んだ。だが、もし九州旅行をキャンセルして別のエリアに変更していたら、その分、九州に落とすはずだったお金が減っていたことになる。結果として二次被害を助長していたことになっていただろう。

だから、行ってよかったと思っている。

事実を自分で確かめ、自分で判断すること。これは旅行に限らず、日々の仕事においても変わらず重要なことだと、あらためて感じた5泊6日だった。

人間社会というのは、どうしてもそういうものなのだろう。それを理解した上で、引っ張られすぎずに前を向いて生きていくことが、限られた人生を謳歌することになるのだと思う。

視察と呼ぶにはあまりに寄り道だらけの旅だったが、それも含めて、今年の夏休みらしい一冊になった。(おわり)

投稿者プロフィール

佐藤 健太
佐藤 健太
このサイトの管理者であり、会社の代表。
妻と娘が3人。座右の銘は「体が動けば心も動く♪」。
より良い会社、より良い家庭を目指すも課題は多く、模索の日々を過ごしている。